引きこもりについて考える 本人編 その2

常にやるべきことは、その時の自分のままで出来ることをするということ。 

自分を変えなければ出来ないことは、先の目標であって、今やるべきことではありません。 学生さんの場合は、学校へ行くことが目標なのだと思いますが、そこは通学にこだわらなくても良いと思います。 

もちろん学校に行くことで身に付くことが沢山あるし、人間関係を作ったり、社会性を身につけるためにも通学するにこしたことはありませんが、引きこもりの人達にとっては、学校に行くことにはメリットだけではなく大きなデメリットが存在するはずなので、デメリットがあまりにも大きければ、行かない方が良いですよね。 

世界的に有名な学者や芸術家でも学校に行かなかった人はいますし、勉強する場も、能力を発揮する場も学校以外にも沢山あります。 

学校にこだわることで潰れてしまうより、自分らしくいられる場を探して、そこで学ぶことの方が、その人個人の人生にとってはずっと価値のあることではないでしょうか。 

普通である必要なんて、本当はないんです。 普通であることよりも、ずっと大切なことがあるのです。大切なものを失ってまで、普通でいる必要はありません。 

義務教育とは、親や行政などが子供に教育を受けさせる義務であって、子供自身が死ぬ思いをしてまで学校に通わなければならないという「子供の義務ではありません」。 

多くの国では、勉強したい子供が教育を受けることが出来ません。我が国では、子供が教育を受ける権利が保証されていると言うことです。 

本来学校は子供のために存在するのですから、子供が不安や恐怖を感じるような場所ではなく、その子の持つ才能を伸ばすような場所であるべきなのですが、全ての子供にとってそのような場所であることは難しく、その改善が必要なのは当然ですが、まだまだ時間が掛かるし、時間を掛けても無理かも知れません。

(そうは言っても、諸外国から見れば、日本は天国のように素晴らしい制度の整った、良識のある国であることは疑いようがありません) 

なので現時点では、「子供が恐怖を感じるような場所なら行かなくて良い」という認識からスタートしたいと思います。  

人生には我慢が必要だ。嫌なことにも耐えなければいけないと言う人もいるでしょう。 

そこでまずは、我慢した方が良いことと、我慢しない方が良いことを見分ける必要がありそうです。 

まず、ひどいいじめがあるなら、その学校には行く必要がありません。(会社でも同じです) 

決定的に行く必要がない、あるいは親が学校に行かないように子供を引き留めなければいけないレベルなのは、肉体的、性的な暴力や、強迫強要、物を壊されたり捨てられたりといった言わば犯罪行為が行われている場合です。 

こんなものに耐える必要は絶対にありません。 

一日でも早く学校に行くのは止め、学校にも申し出て、でも問題の解決を図る以前に転校しましょう。 

もう少し我慢すべきとか、自分にも責任があるなどと思う必要は一切ありませんので、とにかく自分の身を守ってください。 

仲間はずれや友人からの裏切り、言葉による中傷などの場合は、踏ん張れれば良いし、無理なら転校するのも良いでしょう。 

頑張れれば何かを得られる可能性もありますが、無理をして決定的に人間不信になったり、取り返しが付かない程傷ついてしまう可能性は否定できません。というか、引きこもりになった時点で既にひどく傷ついているんですよね。 

その学校で復活しなくても、転校すれば、何の問題もなくなる可能性も高いので、本当にそんなことに耐える必要があるのかどうか、早めにちゃんと考えるべきです。 

但し、学校でも会社でも同じですが、転校や転職をする場合には、そこから逃げ出すのではなく、今よりも良くするために環境を変えるのだと思ってください。 

転校しても同じような問題に突き当たるとしたら、相手だけではなく、自分の側にも何か改善点があるのかも知れません。あなたが悪いという意味ではないですよ。 

だから自分はダメだとか、どこに行っても上手くいかないと考えるのではなく、どうしたら上手くいくかを考えましょう。 

人に会うのが嫌なら通信制の学校にするとか、地元にいるのが恐怖なら引っ越しをするとか、実行可能で自分に合ったものを探すことです。 

凄く性格が悪かったり、外見に問題があったとしても、それなりに上手くやっている人もいくらでもいます。 

どんなに自分に自信がない人でも、自分に合った環境を見つけられれば何とかなるので、あきらめず、地道にいきましょう。 

孤高の一匹狼でも平気ならそれを貫くのも良いし、それが嫌なら自分が生きていくためのテクニックを身につけることが必要です。 

立ち直るために大事なことは、人を信じるけれども、人に期待しないことです。 

自分が正しいことをしていれば、それをわかってくれる人は必ずいます。それは間違いありません。でもその人があなたを助けてくれるかどうかは別です。 

基本的に、誰かが助けてくれるのを期待してはいけません。行動するのは自分です。 

小さなことであっても、何かを成し遂げた人は必ず、人のせいにするんじゃなくて自分で問題を解決し切り抜けています。自分が行動すれば、たぶん助けてくれる人も出てくるでしょう。 

助けてくれる人が現れるのは、結果であって、前提ではありません。 

誰かのせいで自分が窮地に立たされたのだとしても、そこから抜け出すのは自分の力です。 原因を作った人間を責めても、物事は良い方向には進みません。 

自分の人生に起きていることは、自分が超えるべき課題だという事実を受け容れましょう。 

ぶっちゃけて言えば、親も本人も周囲の人間も、「逃げちゃいけない」と思っているかも知れませんが、どこかから逃げ出したとしても、それが本来逃げてはいけない場所だったとしたら、どうせその分の落とし前を自分の人生の中でつけることになるので、その時逃げたからって、人生の中では大差ありません。 

要するに、逃げた方が良いときは逃げて正解だよって答えが出るし、それが間違いだったら自分で後始末することになるので、わざわざ自分で自分を責める必要はないし、周囲の人に責められる必要もありません。 

あなたが責めなくても、必要なら神様が責めてくれます。

自分や人を責めている暇があったら、どうしたら良くなるかをちょびっとでも考えて、くだらないことでも実践しましょう。 

間違えたとしても、やり直すチャンスは必ずあるから大丈夫です。 

ですからこの際開き直って、映画の主人公になったつもりで、自分でそこから向け出すための手立てを考え、なんとか実行してみましょう。 

どんなに無理に見えることでも、映画と同じで、必死になれば必ず何とかなります。 主人公は、どんな課題も超えられるように出来ているのです。  

治療院アジアート

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